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音楽は創造的な“遊び”。音楽エデュケーションから学ぶたくさんのこと

音楽を通して、子どもたちに深い学びを提供する。かつてロンドン交響楽団のヴァイオリン奏者だったマイケル・スペンサーさんは、ある時、音楽の持つ本質的な魅力に気がつき、エデュケーターとしての道を歩むようになりました。スペンサーさんが実践する、学校教育にとどまらない、音楽エデュケーションのかたち、そして子どもたちの教育において音楽が果たす重要な役割とは?

マイケル・スペンサー
日本フィルハーモニー交響楽団 コミュニケーション・ディレクター

エデュケーター、ファシリテーター、ヴァイオリン奏者。元ロンドン交響楽団ヴァイオリン奏者、元英国ロイヤル・オペラ・ハウス教育部長。世界各地で芸術教育プログラムを開発・実践する。現在、日本フィルハーモニー交響楽団のコミュニケーション・ディレクターとして、森美術館から被災地、全国の小学校まで日本各地でワークショップを開催している。


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世界各地に、固有の「音楽」がある

この世界には、どれだけの数の音楽があるか考えたことがありますか? きっと、想像するだけでハッとすることでしょう。そして、そのほとんどを実際に自分の耳で聞くことは不可能です。なぜなら、天文学的な量に及ぶという理由だけでなく、個々の音楽は地域に根づいており、特定の文化のアイデンティティや伝統と切っても切り離せないため、その土地以外では聞くことができないという側面もあるからです。 どの文化にも、独自の価値観や特徴を持った独自の音楽があるのです。

1877年、トーマス・エジソンによる蓄音機の発明により、ハンガリーの作曲家、ベラ・バートクなどの楽器コレクターは、幅広い地域社会の本物の音を求め、「狩猟探検」に行くことが可能になりました。しかしバートクや似たタイプの研究者たちがそこで採集した音楽もまた、この世界にある多様な音楽の、ほんの一部にすぎないのです。音楽の多様性とは、私たちが暮らす場所に必ずある、社会的、感情的、肉体的、儀礼的、思想的、商業的、または伝統的に定義される「コミュニティ」のかたちを豊かにするのです。

一方で、このことからある問題が浮き上がってきます。世界中にこれほど多様な音楽があるにもかかわらず、「音楽とは実際何か?」という問いに対して、普遍の答えを持つことはできるのでしょうか。例えば、よく使われる用語の「クラシック音楽」は、あまりにも漠然としています。 そのためにレコード業界は、自社のレコード作品をより細かくジャンルで分類し、お店の適切な棚に配置する必要がありました。しかしそれは、別の言い方をすれば、日本酒のことを「ライスワイン」と呼んでしまう無知な外国人のようなものです。なぜって? こうした「ジャンル分け」には、本来の音楽が持つ経験の豊かさが全く反映されていないからです。そもそも、技術的に日本酒はワインではありませんよね。ワインはブドウから作られているんですから。そのように、初めて出合うモノや経験を、自分たちの知っている範囲に収めてしまってはもったいないと私は思います。

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「鑑賞教室」を抜け出して、もっと創造的な遊びを

では、音楽はどうやって楽しむのがいいのでしょうか? 正直言って、現在の教育システムはほとんど役に立ちません。慣例的な指導方法では、「鑑賞教室」という形式で、音楽の数学的な部分とエモーショナルな部分を混在させたまま、生徒に音楽を聴かせることが度々あります。そこでは、「音楽とは、リズム、メロディ、ハーモニーの3つの要素のみで構成されている」と、あまりにもシンプルすぎる言葉で教えられます。そして生徒たちは、その極めて限定的で、実質的な情報だけで、音楽レパートリーの基礎を理解しようとするのです。戸惑うのは当然ですね。また生徒に与えられる時間も不十分です。よくある「音楽教室」のレッスン時間は45 分ほどですが、1曲あたりの実質的な部分は45 分に近い長さになります。つまりレッスンに来る生徒が聴く音楽は、お茶会のお菓子程度の断片しか与えられないのです。そこで瞬間的な喜びを感じることは多分できるでしょうが、その印象が長く続くことはありません。 そして、学校での教育を終えた多くの大人は、同じレベルの知識にとどまってしまうのです。

音楽に触れること、そして音楽がどのように機能するかは、子どもの教育において不可欠な部分だと私は強く感じています。 音楽はもともと、言葉が生まれる前から存在していました。それは、人が音楽と接触することの重要性を裏づけているでしょう。 そしてほとんどの人にとって、音楽に触れる最も効果的な瞬間は、学校や教室などのフォーマルな環境ではなく、家庭の中だったりするのです。 イギリスの私の家で、子どもの頃にクリスマスキャロルやその他の練習曲の演奏をしたクリスマスパーティを今でも覚えています。

私が見つけたおそらく最高の「音楽の定義」は、音楽と初期の言語獲得の背後にある神経科学に関する研究論文にありました。この論文には

音楽は創造的な遊びである。音楽とは、音が人間の想像力と一致した瞬間に生まれるものだ」

と書かれていました。 そう考えると、音楽は学習のための、奥深く示唆に富んだ教育ツールへと変わるのです。

その時、最も重要なのは、創造的な遊びは、社会的な活動ではなく、音楽を作ることから生まれてくるという点です。実際のところ、私は音楽を「社会技術」のひとつのかたちだと考えています。 音楽は時代を通じて、あらゆる関係を引き起こし、確立し、維持する触媒として機能してきました。 例えば、音楽があることで「儀式」がより引き立つことは自明でしょう。それは野球チームのファンから、カメルーン南東部などの熱帯雨林に住む狩猟採集民のピグミーまで、グループ間でのアイデンティティの確立にも寄与します。

言葉を超えて、伝える・表現する音楽

ではここで、音楽をただ鑑賞したり奏でたりするだけでなく、「音楽」に実践的に関わることが、なぜ子どもたちの学習に良いのかを考えてみましょう。その理由はまず、音楽は記憶に依存するという性質に由来します。なぜなら、音楽は聴いたらすぐに消えてしまい、また聴く度にその人にとっての文脈が変わってしまうため、私たちは二度と同じ音楽を聴くことはできないからです。そのため、その場・その瞬間に聴いた音楽に対して、私たちは瞬時にリアクションし、分析しているのです。つまり音楽をたくさん聴くことは、音楽の中のある種のパターンを見つけだし、これらを認識して記憶するという「認識」の能力を高める重要なスキルになるでしょう。

また、音楽の制作に参加することは、社会と関わる学びでもあります。 つまり私たちはグループ学習を通して、もっと効果的にお互いに学び合うことが可能だということです。それはまた、音楽という極めてノンバーバルなメディアを通して、人とコミュニケーションを取ることを意味します。言葉以外でモノを概念的に考え、表現するスキルが身につくのです。ただ、実はこのプロセスはミュージシャンにとってもそう簡単なことではありません。実験的な音楽を作ることで有名なミュージシャンのフランク・ザッパでさえ、「音楽について話すことは、建築に対して踊るようなものだ」と話していますから。

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演奏家から、エデュケーターの道へ

かつての私は、こんなふうに音楽を考えることなどありませんでした。もともと私はロンドン交響楽団でヴァイオリニストをしていたのです。その頃は、レナード・バーンスタインからポール・マッカートニーまで、またはストラヴィンスキーから『スター・ウォーズ』への音楽の演奏やレコーディング、そして最も重要な国際コンサート会場での演奏など、舞台に立った時の思い出は今でも鮮やかによみがえります。しかし当時は、私は演奏者という枠を超えた自分の責任について考えることがほとんどなかったのです。

それからしばらくして、私は世界最大で最も複雑な芸術団体の1つであるロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで教育責任者に就任することとなります。そのキャリアチェンジのきっかけとなったのが、イギリスで数年前に始まったコミュニティの教育運動の一環としての、新しいスキル開発の機会でした。 これは、音楽と芸術のアクセシビリティを向上させ、エリート主義を弱めようとする政府主導の取り組みでした。そこで私たちは演劇のトレーニングを最大限に取り入れ、時に「leaning by doing(やっているうちに分かってくる)」と呼ばれることもある、現在でも非常に効果的なインタラクティブな学習プロセスを進化させました。

そこでのワークショップの本質的な目的は、リーダーやファシリテーターが、あらゆる年齢の参加者の間で、自己決定的かつ実験的な創造活動を引き起こすような、一連の刺激を提供する学習環境を作りだすことです。その結果、それぞれのパフォーマンスや経験を互いに共有できるようになります。そこでは学習のプロセスにおける質が重要で、最終的なアウトプットはさほど重視していません。これらの探検の間、グループは各自のアイデンティティや推進力、そしてより深いレベルの内省的分析を磨き始めます。

ファシリテーターとして、私はこれらの原則に基づいたインタラクティブなワークショップ体験をいくつも作る必要がありました。その時、改めて音楽が果たす役割について再認識したのです。私は幼稚園から企業の会議室まで、これらのスキルを採用したワークショップを開催してきました。とりわけ昨年は、森美術館で開催された「宇宙と芸術展」とコラボレーションしたワークショップを行う機会を得ました。これは大人向けのプログラムで、私たちは「宇宙」の物理法則にまつわる音楽の銀河系のようなものを作りました。また2006年、紀尾井ホールを会場に、美智子皇后を含めた約1,000人の参加者の前でワークショップを開催した時のことは今でも鮮明に記憶に残っています。

そして、私にとって最も形成的な経験となったのは、イギリスの王立聾学校で働いていた時です。耳の不自由な子どもたちのための音楽プログラムというのは、普通に考えると違和感があるかもしれません。ここでの挑戦は、私たちの常習的な先入観を壊すことにありましたが、最大の難関は、耳の聞こえない子どもたちと協業することでした。しかし、参加した子どもたち全員が一定の拍を捉えることができた時、その難関を突破できました。互いに共通の拍を感じることができれば、リズミカルな構造を構築できるようになります。そして数週間の実験の後、私たちは自己機能的なサンバグループを作りました。 このことは子どもたちの社交行動、そして最終的な達成記録にも影響を与えました。

音楽を深く聴くことは、「旅」に似ている

過去20年間、日本フィルハーモニー交響楽団や上野学園大学とともに歩んできた仕事は、興味深い文化的次元を持つ、学習の新しい視点を与えてくれました。音楽は世界共通の普遍的な言語であると同時に、カルチャーの違いを見いだすレンズとしても作用できると気づきました。例えば、音楽を聴く方法と、音楽を日常生活に取り入れる方法の間には、間違いなく明確な違いがあります。

その違いを証明する例として、私がよく行うイタリアの作曲家アントニオ・ヴィヴァルディの代表作「四季」の一節「春」にひもづくワークショップがあります。ここではまず街から離れた田園地帯で、早朝の森の中を散策します。そして木の上に太陽が昇った時、どんな音が聞こえてくるかを子どもたちと話し合います。ここで聞いた豊かな一つひとつの音が、後にオリジナルの楽曲を作成する際、物語を描く基礎資料となります。ヴィヴァルディの協奏曲には、それぞれ季節の特徴を鮮明に説明する詩がつけられています。 「春」の初めには「ドーンコーラス」があり、ヴィヴァルディはヴァイオリンで17の異なる鳥の鳴き声を挙げているのです。 しかし日本では、18 世紀のイタリアの田舎とは動物の生息環境が異なるため、こうした早朝の鳥の鳴き声はイタリアとは異なります。つまり、音楽を通して、自分たちの暮らす地域や環境について深い思索を得ることができるのです。

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昨年、私は日本フィルハーモニー交響楽団とともに福島県の南相馬市を訪れました。そこでは、地元の馬術の伝統と楽曲「ドン・キホーテ」を「騎士道」という概念でつなぐ高校生向けのワークショップ・プロジェクトに関わりました。ご存知「ドン・キホーテ」はスペインのセルバンテスの有名な小説であり、リヒャルト・シュトラウスの楽曲がさらにその世界を色濃くしました。またその楽曲は、音楽的な物語を作ることが、市民権を探究する要素の一つになりうることを提示しました。このワークショップを通じて私たちは、「ルールを作るのは簡単だが、それを維持するのは難しい」という概念を探りました。

今年、私はこれらのいくつかのアイデアを探究し広めるため、ここ日本で『マイクさんのミュージカルジャーニー – 親子のための旅行ガイド』なる書籍の出版を予定しています。そこでは音楽を異なる視点で捉える、または音楽を聴くという壮大な「旅」に乗りだすことで、親と子どもの絆を深めることを目指しています。 音楽を聴くことは、私にとっては常に旅行のようなものなのです。

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音楽を簡単に消費せず、自分たちの歌を歌おう

しかし現在、私たちの周りにあふれる音楽は、皮肉にもどんどんと消費されています。私たちは貪欲にも、ファストフードのような音楽を貪り、音楽業界はいつでも新しい味で私たちを誘惑してきます。その時私たちは、人間の進化において非常に重要な基盤の役目を果たしてきた、本来の音楽とのつながりを失いつつあるのです。

チャールズ・ダーウィンはこのように書いています。「もし私が生まれ変わったら、毎週少なくとも一度は詩を読み、音楽を聴くという規則を作るだろう。おそらく今の私の脳は一部が委縮しているので、普段から使うことで脳を活性化した状態に保つことができるはずだ」。このことは、年齢とは関係がありません。私にとって学習における最も重要な要素は3つ、「好奇心」「選択の方法」「関係」です。また、これらは音楽制作の基本原則にも通じます。

「子どもにもっと歌を歌わせてください」。子どもを持つ親の皆さんにすぐにでも勧められることがあるとすれば、私はこう答えるでしょう。歌は特定の音楽作品である必要はありません。ショッピングに行く時、その買い物リストを即興で歌にするだけで良いのです。そしてリズミカルな動きを加えることができれば、さらに良いでしょう。 あなたも今日から音楽の旅を始めてみませんか?

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