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山口県発、メディアリテラシー教育拠点〈YCAM〉がつくる「未来の当たり前」を、いま考える

© Yamaguchi Center for Arts and Media〈YCAM〉

テクノロジーがあらゆる進化を遂げるいま、これからの社会を生きる子どもたちの環境は、私たちが想像する以上にずっと、さまざまなメディアと付き合うようになっていくでしょう。そのとき、私たちは彼らに何を伝えていけばいいのでしょうか?

“未来志向”の教育プログラムを提案するアートセンター

世界各地でテクノロジー教育が始まる昨今、日本で最先端のメディアリテラシー教育をリードする拠点が山口県山口市にあります。その名は、山口情報芸術センター〈YCAM〉。2003年の開館以来、「社会」「身体」「メディア・テクノロジー」をテーマに、新たな芸術表現を生み出すハブとして、実験的な創作環境を提案してきたアートセンターです。

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© Yamaguchi Center for Arts and Media 〈YCAM〉Photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)

山口市の観光地・湯田温泉の宿場町から歩くこと数分、芝生が広がる開放的な公園の中に、ゆるやかな曲線を描いた横長の大きな建物が見えてきます。山口市立中央図書館(通称「市図書」)と隣接するここ〈YCAM〉では、国内外のアーティストを招いて作品制作を行ったり、数々の公演やエキシビションを開催したりすると同時に、未来志向な地域のエデュケーションプログラムを構築してきました。

「いま到来した技術や商品が目新しいものだったとしても、数年後にはそれが当たり前になる。そんな時代を生きる子どもたちが自ら主体的に遊び、学び、考えるための、『未来の当たり前』の環境をつくる。それが、YCAMの目指す教育方針です」

そう語ってくれたのは、〈YCAM〉エデュケーターの菅沼聖(すがぬま・きよし)さん。自身もメディアアートを学んだ後に〈YCAM〉に就職、以来8年以上ものあいだ、エデュケーターとして地元の子どもたちとふれ合ってきました。

「〈YCAM〉では、子どもを決して子ども扱いしていません。なぜならメディア・テクノロジーは常に進化していますから、新しいものを前にしたときは大人も子どももみんな無知なんです。そこに境界はないからこそ、大人も子どもも、みんなで知恵を絞りながら、これからの社会をサバイブしていく方法を編み出していきたいと思っています」

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© Yamaguchi Center for Arts and Media〈YCAM〉
〈YCAM〉ワークショップ「ケータイ・スパイ・大作戦」 携帯電話のカメラ機能を用いた鬼ごっこ。子どもたちは自らルールを提案し、どんどんとゲームをつくりかえていく。

いつの間にか携帯がスマホに取って代わったように、私たちを取りまくメディアは常に変化しています。そうした状況下で、テクノロジーを子どもに教えるということは、何もプログラミングや機械工学のノウハウを教えることに留まりません。一方で、自分の子どもにiPhoneを渡したら、驚くスピードで操作を覚えて遊ぶようになったという経験を持つ親御さんも多いことでしょう。子どもは自分たちの置かれた環境に瞬時に呼応し、自ら「遊び」を発見していきます。

学びは、体験することから始まります。ただ知識を教えるのではなく、子どもたち自身が、それぞれの頭と体で体験しながら、自ら実験を重ねていく。そのプロセスの中で、『考える』という行為こそが重要だと思うんです」

〈YCAM〉には、アートセンターとしての機能のほかに、アート、テクノロジーに卓越した人材を集めた内部の研究開発チーム「YCAM InterLab」があります。菅沼さんもこのラボの研究員のひとり。こうしたメディア・テクノロジーのスペシャリストたちが結集して、子どもたちが思う存分に「体験」できる環境をつくっていく。それが〈YCAM〉最大の強みでもあります。

体験が学びに変わり、「考える人」を生み出していく。そんな〈YCAM〉では、実際にどんなことが行われ、どんな子どもたちが生まれているのでしょうか?

みんなのアイデアで成長する遊び場「コロガル公園」

毎年、夏の〈YCAM〉には、山口市の内外からやってきた小学生の子どもたちの熱狂する声が、館内のそこらじゅうから聞こえてきます。なぜ、こんなに子どもたちが?

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

それもそのはず、先鋭的なメディアアートの制作・発表拠点であるアートセンター〈YCAM〉は、同時に地域の子どもたちのメディアリテラシーを育む、国内有数のエデュケーション施設という顔を持ち合わせているのです。といっても、子どもたちは貴重な夏休みを使って、わざわざ「お勉強」をしにくるのではありません。彼らは、全力で「遊ぶ」ために、この場所に足しげく通ってくるのです。そして、全力の「遊び」を通して、テクノロジーの特性を理解し、自分たちでルールをつくり、「遊び」を新たに開発しています。

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

その最たる例が、〈YCAM〉が2012年から展開している「コロガル公園シリーズ」です。
テクノロジーの特性を海や森と同じような「環境」として体験することを目指した公園型のインスタレーション作品で、映像や音響、センシング技術などメディアテクノロジーを活用した多様な仕掛けと波のようにうねる不定形の床面で構成されています。これまで、〈YCAM〉の所在地である山口市での開催や札幌、東京への巡回を重ね、全五回の開催でのべ23万人の来場者の方に親しまれています。

2016年の夏に開催されたシリーズ最新作「コロガルガーデン」では、大小さまざまな17個のブロックに埋設されたLEDライトが振動に応じて空間全体に広がる大きな図形を描いたり、内蔵されたマイクに向かって叫ぶと、遠く離れた場所から声が聞こえてきたりと、見えない仕掛けが満載。そこには、「遊び方」の説明は一切ありません。メディアに反応した子どもたちが、思い思いに新しい遊び方を見つけていくのです。

その熱狂ぶりたるや、子どもたちの中で何が起きているか、現場にいてもひと目ではまったくわかりません。何十人もの子どもたちが行き交う「コロガル」の中では、ブロックを一つずつ飛び超えていたかと思えば、傾斜のある橋を駆けたり、マイクを使って遊んだりと、それぞれの遊びはめまぐるしい限り。しまいには、会場の奥からこんな声が聞こえてきました。

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「いまからゲーム作りたいひと!集合——っ!!」

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呼びかけたのは、〈YCAM〉常連生、通称「YCAMキッズ」と呼ばれる子どものひとり。彼らは、「コロガル」を熟知し、さらに遊びを自ら拡張していく開拓者です。「コロガル」内で新しいゲームを開発しようと、周囲の子たちに呼びかけ、何やら企画会議を始め出したようでした。

環境は変えられる。
子どもたちの「自治意識」の芽生え

「コロガル開催中はいつもこんな感じ。ぼくたちの知らない間に、勝手に色々な遊びやルールが生まれていくんです」

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「ここは子どもたちがつくっていく小さな『自治区』なんです。親や学校、または社会から“与えられた”場所で、決まった遊びをするのではなく、“自分たちで変えていく”ことを経験する場なんですね。子どもたちから出たアイデアは、できるだけぼくたち大人が実現できるようにサポートしています。
あの床をもっと高くしてほしい!という要望に答えるにはお金も時間もかかってしまいます。でもこの空間全体を海みたいに青くしたい!というアイデアには映像や照明機器を使って応えられます。メディアテクノロジーの可変性の高さと子どもたちの柔軟な発想力は相性がぴったりなんです。」

菅沼さんがこう語るように、コロガル開催期間中、数回にわたって開催される「子どもあそびばミーティング」は、まさに子どもたちがコロガル公園に追加したいアイデアを議論するミーティング形式のイベント。ここで採用されたアイデアを、〈YCAM〉が誇るラボチームが実装していきます。メディアアート作品の制作を得意とするプログラマ、エンジニア、映像、音響のプロフェッショナル集団です。

「環境は、変えられる」と知った〈YCAM〉キッズたちの功績とその歴史は、2012年から続いています。たとえば、2013年には、コロガル公園が期間限定で終わってしまうことを知った有志たちが立ち上がり、「コロガルを残そう」と署名運動を開始。結果は功を奏し、翌年の開催にこぎつけることとなりました。

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「もちろん、彼らの行動には失敗もたくさんあります。というか、ほとんどが失敗の連続なんです。『遊び』のいいところは失敗や不正解という言葉を挑戦や実験というポジティブな言葉に変えてくれるところかもしれません。公園のオープンから1ヶ月もすると、掃除やメンテナンスを手伝う子やイベントを独自に企画する、といった自発的な活動が生まれてきます。遊び同様このような意識の変化も伝搬する性質があってその輪はどんどん広がっていきます。

〈YCAM〉が大切にしているのは『体験的な知性』。テクノロジーやコミュニケーションを学ぶには、自分の体を使って、感覚的な理解を育てていくことも重要です。

コロガルは、子どもたちが思いっきり遊ぶ中で、失敗したり、考えたりしながら、『社会』を実践していく場になっているんです」

遊びは自分の手でつくる。
未来のクリエイター「YCAMキッズ」とは?

〈YCAM〉には、世界有数のメディアアート拠点であるアートセンターの顔と、地域の子どもたちに開かれた「実験と創造の場」という2つの顔が存在します。

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM] Photo by Daichi Yamaoka

多くのひとにとって、いわゆるアートセンター(美術館)といえば、入館料を払って、何らかの企画展を“鑑賞”する場所というイメージが強いでしょう。しかし、展示は基本的に入場無料、併設の図書館や公園というパブリックスペースのすぐ隣にある〈YCAM〉は、子どもたちにとって家や公園の延長のようなもの。また、大きな図書館があることで、お年寄りから中高生、子連れのお母さんなど、毎日非常に幅広い年齢層の利用があります。作品の鑑賞ツアーを行えば、おじいちゃんと子どもが隣り合わせで作品について議論することもあるそうです。

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM] Photo by Atsushi Tanabe

地域にひらかれたオープンな場所で、世界的なアーティストが滞在制作を行っていたり、超先端的なアートイベントが開催されていたりするのが〈YCAM〉。それは、地域の人々にとって日常の中にアートが介入し、たくさんの刺激を受ける「未知との出会い」の機会にあふれていることを意味します。

それと同時に、先述の「コロガル公園」のように、独自のエデュケーションプログラムが充実していることも特徴。そこでは、「YCAM InterLab」のスタッフたちが現代のテクノロジーを駆使して、子どもたちに「未来のあたりまえ」を届けるさまざまなメディア環境を開発しています。「コロガル公園」の開催時には、近年からスタートしたリサーチプログラム「バイオリサーチ・ラボ」が展開されるなど、館内ではまったくタイプの異なるイベントが同時多発的に起こることもしばしば。そこで目にする「作品」は、お行儀良く静かに鑑賞するものでも、お勉強の一環でもなく、自ら積極的にさわり、遊び、誰かと共有していくものがほとんどなのです。

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM] Photo by Naoyuki Obayashi (101 Design)

そんな環境が間近にある子どもたちにとって、YCAMは創造性を爆発させる格好の場所なのだと、菅沼さんは語ります。

「いまの学校教育は、クリエイティブな素質のある子どもたちにとっては少し窮屈なんだと思います。その分、この〈YCAM〉は教育のサードプレイスとして、子どもたちがやりたいことに没頭でき、活動が認められる場所になっているんです。驚いたのは、時おり子どもたちからワークショップや遊びの装置を新たにつくる『企画書』が届くこと(笑)。〈YCAM〉なら何かできる!という期待から、自分たちのやりたいことを提言してくれるんです。もちろん全てに応えることはできませんが、彼らの好奇心に触れるたびに、背筋が伸びる思いです」

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

個性豊かな「YCAMキッズ」を紹介!

平日午後4時。学校を終えた子どもたちが、〈YCAM〉に立ち寄る時間。

〈YCAM〉のイベントを通じて友達になった子どもたちは、ここを集合場所にしている子も多いようです。おしゃべりをする子、公園でサッカーをする子、図書館で本を読む子、カードゲームに興じる子、と自由きままに使われています。スタッフやアーティストとの距離が近いのも特徴です。「このドローン動くん?3Dプリンタ触らせて!」といきなり話しかけられることも日常の風景。こんな環境の中から生まれた、個性豊かな〈YCAM〉キッズの面々をご紹介しましょう。

1.Yamaguchi Mini Maker Fairに出展!「じゅんじゅん

小学生のころから〈YCAM〉のイベントに顔を出すようになった中学3年生のじゅんじゅんは、ものづくりの祭典Yamaguchi Mini Maker Fairに自分の作品を出展したり、「遊戯王」のようなカードゲームや、ボードゲームを自ら作ったりしてしまう根っからのクリエイター。電子音楽と民族音楽に傾倒し、最近の自由研究では「音の共鳴度」の実験をするために自作楽器を制作したそうです。

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM] Photo by Atsushi Tanabe

2.小学生YouTuberとして活躍する「キゴシくん」

小学生YouTuberとして活躍するキゴシくんは、コマ撮りムービー作品をYouTubeに投稿。YouTubeチャンネル「キゴシムービー」には、50を越える作品たちが日々更新されています。山口市内の商店街にできたものづくりスペース「ファブラボ山口」を紹介するCM動画もあれば、自身の新作を紹介するニュース番組もあり、そのラインナップはさまざまです。YouTube投稿にハマったのも、〈YCAM〉10周年記念イベントで滞在していたアーティストに教えてもらったことがきっかけだったんだとか。

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3.電子工作が得意「カワムラくん」

電子工作を得意とするカワムラくんは、YCAM InterLabが手がけた野生動物をインスタントカメラで自動撮影するデバイス「gonzocam」を改造して「イノシシ除け獣害マシーン」の制作に取り組みました。この開発秘話は、〈YCAM〉で開催された「サステナブルデザイン国際会議」でも発表したそうです。

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彼らはほんの一例ですが、将来が有望すぎるこんな〈YCAM〉キッズたち。彼らの原点にあるのは、「遊ぶより、遊びをつくる」という精神。そして、面白いものを発見した暁には、「みんなに知ってほしい」と、仲間を集めたり、インターネットに投稿したりして、世界にシェアしていく。

先鋭的なアーティストやイベントなど、普段の日常から逸脱した「未知」との遭遇。そして、「やりたいこと」を最大限にサポートする。こうした環境を有する〈YCAM〉だからこそ、子どもたちがのびのびと、自ら考え、未来をつくる人へと育っていく。21世紀をサバイブしていく理想のエデュケーションのかたちが、いま〈YCAM〉で根付き始めているのです。

山口情報芸術センター Yamaguchi Center for Arts and Media
住所:〒753-0075 山口県山口市中園町7-7
TEL:083-901-2222
FAX:083-901-2216
MAIL:information@ycam.jp
山口情報芸術センター 公式HP

Edit & Text Arina Tsukada

※この記事はMilK JAPON WEBの2017年の連載を再編集したものです。

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