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子どもの好奇心を駆動させる「観察の練習」

日常のささいな物事にも、たくさんの学びと発見がある。そんな感性を育むには、「観察」のトレーニングが重要だと表現研究者の菅俊一さんは語ります。観察する視点を育むいくつかのメソッドとは?

コグニティブデザイナー、表現研究者

菅 俊一 (すげ・しゅんいち)
コグニティブデザイナー、表現研究者、多摩美術大学専任講師。人間の知覚能力に基づく新しい表現の研究開発および、社会での実装を行っている。主な仕事に、NHK Eテレ「2355/0655」ID 映像、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」コンセプトリサーチ、「アスリート展」展示ディレクター。著書に『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(マガジンハウス)、『観察の練習』(NUMABOOKS)など。

創造性は、特別な人だけのもの?

こんにちは、菅俊一です。普段私は美術大学の教員として新しいデザイン教育の実践を行う傍ら、人間が物を理解する仕組みに基づいた、新しい表現の研究開発を行っています。またその一方で、教育番組の企画制作や知育玩具の企画開発にも携わってきました。このような自己紹介をすると、「デザインや表現って、創造性が必要だと思うし、一部の才能がある人しかできないことですよね」というようなニュアンスのことを言われることが多いのですが、その認識は、私自身の理解とは少し違っています。

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昨今、産業や教育の分野において、社会に新しい価値を生み出し、停滞している世の中に変化を起こすためには、創造性と呼ばれるような能力を積極的に育てていかなければならないと強く言われています。しかし多くの人は、創造性という能力は「生まれつきの才能に由来しているものであり、特別な人だけが持っているものである(だから、普通の人間である私には無い)」と思い込んでいるように見えます。

私は、創造性という能力は後天的に獲得可能な能力であると考えています。もう少し別の言葉で言うと、創造性とは、事物への気づきや抽象度の操作、要素の新しい組み合わせ方などをはじめとした、思考の技術であると考えています。

技術ということは、長年積み重ねることによって習得および向上が可能です。もちろん、スポーツなどのように、すごく向いている(これも正しくは、習得しやすい性質を持っていると捉えた方がいいかもしれません)人がいる一方で、基本的な技術は誰でも身につけることが可能だと捉えています。

他の技術(楽器演奏やスポーツなど)が幼少期から始めた方が習得しやすいのと同様に、おそらく思考に関しても幼少期の段階から少しずつ訓練していくことによって、より熟練し使いこなせるようになるはずです。

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日常の小さな違和感に気づく

実際に、私は美術大学という場所で、新入生から創造性の基盤となる思考技術を鍛えるような演習を行っていますが、もし、これがもっと早い段階からなされていたら、より社会のさまざまな分野で創造性が活用される機会が増えていくのではないかと考えています。

今回は、このような考えに基づいて、いくつかある思考技術の訓練の中で最初に行う「観察」という行為に焦点を当てて、お話しできればと思っています。
一般的に「観察」というと、アサガオの観察のように、ある特定の対象を継続して見続けて変化を記録していくといった行為のことを指しますが、ここでは「日常の中にあるさまざまな小さな違和感に気づくこと」という意味で「観察」という言葉を使いたいと思います。

小さな違和感とは、例えば誰かの手による創意工夫であったり、自然が作り上げた現象であったり、自分の目が勘違いして見てしまったようなものです。それは、あまりに当たり前すぎて普段は見過ごされているようなものですが、日々の暮らしの中で見る解像度を高めていくことで、小さな違和感に気づくことができます。そしてなぜ違和感を抱いたのかを考えていくことで、気づきから新しい驚きや面白さを得ることができるのです。

つまり、観察の技術を磨くことで、私たちはさまざまな日常の風景から、「面白さ」や「驚き」の種を見つけることができるようになります。それは言い換えれば、日々の生活の中にある当たり前の事象について、好奇心を駆動させていくということです。

みなさんもご存知の通り、これまで私たち人類は、好奇心を駆動させることによってさまざまな発見や挑戦がされ、進歩を続けてきたという歴史があります。そのようなことからも、私たちがこれから新しいことを生み出し続けていくためには、未知のものを知りたいと思ったり、面白いと思ったりする気持ちがとても重要だということが分かります。

未知のものというのは、何も最先端の科学のようなものだけではありません。日常の中にある「なんだこれ?」と思うようなものだって、私たちにとっては未知(これまで知らなかった)の情報です。家の中にも、街中にも、日々の暮らしの中に未知のものは溢れています。

面白いことはどこにある?

前回の話からは少し脱線しますが、以前から、「なんか面白いことないかなあ」という言葉が気になっています。この言葉は、大人も子どもも関係なく、街中やSNS など色々な場所で聞いたり見かけたりします。そのたびにいつも、心のどこかに違和感が生まれています。みなさんはどうですか? こういった言葉をつい言ってしまったり、聞いたりしたことはありませんか?

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私たちの日常には、多様なメディアから発信される「コンテンツ」と呼ばれるものが溢れています。その大半は娯楽として私たちの目や耳、脳や心を退屈させないために、あの手この手を駆使して刺激を与え続けます。でもそんな刺激も、例えば暗い部屋に入った瞬間は何も見えなかったのが、次第に暗さに目が慣れて部屋の様子が分かるように、いつの間にか慣れて気にならなくなってきます。膨大な刺激に埋もれた日常を繰り返していった結果、さまざまな刺激をキャンセルして退屈さすら感じるようになってしまい「なんか面白いことないかなあ」という言葉が出てくるのだと思います。

「面白いこと」、言い換えれば自分の好奇心を満たしてくれるようなものが、外からやってきてくれるのを待つようになってしまうと、誰かの視点で編集された価値だけを吸収するということになってしまいます。

将来、創造性やその土台となる好奇心を自在に発揮できるようになるために、子どもの頃から、与えられるものだけを楽しむのではなく、日常の中にある多種多様な不思議なものを見つけて、「なぜだろう」と考えていく力を育てること、それが今回のお話の主題になっている「観察」という行為なのです。

「観察」の練習ことはじめ

では早速ですが、今この文章を読みながらで結構ですので、これから出すお題に当てはまるものを、15 秒以内に周りの環境から見つけてみてください。辺りをキョロキョロと見回して探すという感じになると思います。


Q1. 身の回りの風景から、何か気になるものを1つ探して、注目してください。
いかがですか? 何か見つけることはできましたか? 正直、かなり難しかったのではないかと思います。「何か気になるもの」というのは、一見すごく自由な設定なのですが、いざ自分がそのような設定で、僅かな時間で何かに着目しようとすると、「自分が気になるものとは一体何なのか」ということから改めて考えなくてはならず、すごく困惑してしまうのではないでしょうか。では、2つ目のお題を出してみます。こちらだと、どうでしょうか。


Q2. 身の回りにある「丸いもの」を探してください。

いかがですか? 先程のお題とは打って変わって、条件が設定されると途端にさまざまなものが目に入ってきたのではないでしょうか。ここでポイントになるのは、とても見つけやすくなったということだけでなく、先程まで視界に入っていても無視していたようなものに意識が向いたというところにあります。それでは、最後に3つ目のお題を出します。こちらはどうでしょうか。


Q3. 身の回りにある「丸くて青いもの」を探してください。

今度はいかがでしたか? 先程、条件があった方が探しやすいという話をしましたが、条件が複数組み合わさり複雑になると、それらの条件すべてを満たすものを探す必要があるため、最初にやっていただいた、条件がない時とは別の難しさが生まれたのではないでしょうか。どうやら、とにかく何か条件があればよいというわけではなさそうです。


今取り組んでいただいたこの3つの質問は、『考具』(加藤昌治, 2003)で紹介されていた「カラーバス」という手法を参考に改良したものですが、条件設定を変えてみることで、見つけやすさが大きく変化したというのを実感していただければと思います。

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では一体、なぜこのような違いが生まれたのでしょうか。その理由のひとつに、人間の「先入観から逃れられない」性質があると考えています。私たちは普段から、見た目の格好や既に持っている知識など、さまざまな先入観の影響を受けて物事を捉えています。

例えば、これからある規則で並んだ数字を見せます。その規則に従うと、カッコの中にはどんな数字が入るでしょうか。

 5, 10, 15, ( )

多くの人は、瞬間的に「5の倍数」という規則を思い浮かべ、「20」という数字を思い浮かべると思います。しかし5 の倍数だけがこの数列の規則ではありません。例えば今回の場合だと、「左の数字より右の数字の方が大きい」という規則も当てはまります。そう考えるとカッコの中には15よりも大きい数が入ればいいので、20だけでなく16でも18でも32560でもよいということになります。しかし、私たちは目立ちやすい規則や最初に思いついてしまった規則の範疇だけで考えてしまうため、答えの可能性を絞り込んでしまうことがあります。

先入観を利用する

前回ご紹介したように、先入観は私たちの物の見方に多大な影響を日々もたらしていますが、一般的に先入観は、私たちの視野を偏らせてしまうネガティブなものとして捉えられているように思います。確かにこの強力に偏らせてしまう性質に抗うことは、非常に困難ですし、創造の分野でも「いかにして先入観から逃れるか」ということがよく語られます。

しかし私は、先入観に抗うのではなく、逆に人間の持つ先入観に囚われてしまうという性質を利用した方がよいと考えています。例えば、自分である特別なお題を設定することができれば、先入観がはたらき視点が絞り込まれ、結果として普段とは違う視点で世界を眺めることができるようになるはずです。これは、意識的に先入観を利用して、自分の視野をズラした(広げた)とも言えます。

このような考え方が、前述の「観察」を技術化するという話の基盤となっています。もし、適切な制約をお題として設定し観察することが可能になれば、どんな人でも自由に身の回りの見過ごしていた事象に気づくことができるはずです。

そうなると問題は、どのように観察のための制約を設定すればいいのかということになります。前述の3つの問いをやっていただいて分かったように、適切な条件設定が見つけやすさに大きく影響します。今回は、いくつか問いを設定するためのアプローチを紹介しておくので、是非みなさん、この設定の要素を少しずつ変更して試しながら、自分にとっての観察のための適切な条件設定を探してみてください。

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1.物理的に目の位置を変える
例えば、しゃがんで猫の目線になった時に見えるものや、ある特定の位置から見えるものを探ることで、自分の視野を大きく変えることができます。
「○○の位置から見てみよう」といった形で設定してみると、よいかもしれません。

2.属性に着眼する
前述の問いのように「○○なものを探してみよう」と形や色といった属性に絞って見てみると、さまざまなものに気づくことができます。
属性は他にも、質感や素材、使用者など色々な設定が可能です。


3.痕跡に着眼する
ある場所にだけ付いている汚れや部分的に剥げている文字、何かを引きずった跡など、痕跡は何らかの行動の証として環境に残されています。痕跡に着眼することで、人間の癖のようなものに気づくことができます。


4.後から付加されたものに着眼する
既に完成しているものに対して後から付加された要素には、現状の問題点を解決したいといったような、制作者の明確な意志があるはずです。このような点について着眼することで、さまざまな人たちが密かに行っている創意工夫に気づくことができます。


5.見間違いや認識のエラーに着眼する
別のものに見間違えてしまうような、認知のエラーが起きた状況に意識的になることで、私たちが普段無意識に行っている、物事を理解する仕組みそのものに気づくことができます。

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こういった視点で制約を定め、日々の暮らしや街の中を観察していくことで、驚くほど多様なことに気づくことができ、実は普段の見知っているはずの生活の中には、面白いことがたくさんあることが分かります。そういった、今まで見落としていたあたり前の中にある面白いことを一つひとつすくい上げ、「なぜそれを面白いと思ったのだろう」と考え続けていくことで、私たちの創造性は磨かれていくのです。

創造性を育む教育には、特別な道具を使ったり環境を用意したりすることよりも、生活の中にある、隠れた面白さに気づき、驚きと楽しさに溢れた日々を過ごすことの方が重要だと、私は考えています。

『観察の練習』 菅 俊一(NUMABOOKS)
私たちは普段、日々の小さな違和感に、どれだけ気付けるだろう? 多様なアイデアの種を与えてくれる、菅さんの「観察の目」が詰まった一冊。

Text: Syunichi Suge
Edit: Arina Tsukada
Illustration: Hisashi Okawa

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